腸は、消化・吸収だけでなく、免疫機能、ホルモン分泌と、多様なはたらきをすることをご説明しましたが、なぜこんなに多くの機能を持っているのでしょうか。それを探るヒントは、動物の進化の歴史にあります。
脳、心臓、腸のうち、動物の進化の過程で最初に出来た臓器は何だと思いますか?正解はなんと、腸なのです。動物は植物と違い、太陽の光からエネルギーを作る「光合成」ではなく、ほかの生物からエネルギーを奪う「消化」という方向へ進化しました。そのために先に必要な器官が腸だったわけです。
動物の進化
福土審, 内臓感覚 脳と腸の不思議な関係,p.62,2016,NHK ブックスより作成
人類誕生よりも遥か昔、約10億年前に細胞の数がたくさんある生物(多細胞生物)が登場したといわれています。最初のころの多細胞生物は、入口(口)と腸、出口(肛門)というシンプルな構造で、「腔腸動物(こうちょうどうぶつ)」と名付けられました。ここから、魚類、両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類、そして人類が誕生したというのが今の時点の学説です。進化していくうちに、腸の背側に脊髄の原型が発達し、その先端が膨らんで脳になりました。一方で腸は、その後誕生したすべての動物に備わっています。つまり、腸がない動物はいないのです。
このように、腸は生物の歴史上はとても古い臓器ですが、消化以外の重要なはたらきをしていることは、最近までよく知られていませんでした。その1でご紹介した免疫機能やホルモンの分泌のほか、近年注目されているのは、脳との神経ネットワークです。
胃や腸の具合が悪くなると痛みを感じます。一見当たり前のようですが、これは消化管の近くにある神経のネットワークで感知した情報が脳に伝わるしくみが出来上がっているためです。空腹になれば食事をして、満腹になれば食べるのを止めるといったことも、こうしたしくみが使われているのです。
人類の祖先は、食材を調理せずにそのまま食べていたので、消化するのが大変でした。そのため、現代のわたしたちよりも顎が大きくて噛む力も強く、からだ全体に占める腸のボリュームも多かったことが、化石の研究からわかっています。最近は調理法の種類も豊富になり、柔らかい食べ物も増えているので、未来の人類は今よりも、顎が細くなるだけではなく、消化器も小さくなってしまうのかもしれません。